ゼロ年代の仕事観

またしてもゼロ年代について。

先日お仕事漫画を読みたくて久しぶりに『サプリ』を読んだ。

いやぁ、キツイキツイ。

「ギリギリ」という、縄で締め上げる音が聞こえてくるくらいキツイ読後感。

この感じに覚えがあると思ったが、たぶん『働きマン』と似ている。

 

お仕事漫画は今も数ある。最近読んだところだと『西荻窪ランスルー』『NEW GAME!!』『重版出来』など。

 

それらも確かに深夜残業や、不安定な将来への悩みを吐露するシーンがあるなど、ある種のキツさは描かれているのだけど、『サプリ』や『働きマン』と比べるとやや牧歌的なように感じる。(媒体が違うからと言ってしまうと元も子も無いが。)

 

前回の『NANA』のエントリにもつながるのだけれど、ゼロ年代って「働く女」がまだ「フツー」ではなかった時代の最後なのではないだろうか。

 

広告代理店、出版社と、そもそもキツイ業界で、さらに「女性性」とも折り合いをつけなくてはいけなかった時代。ほらあの昔よく聞いたセリフ、「がんばらないと『女はこれだから』って言われちゃう」みたいな世界観。

 

でもたぶん、今も現実ではいわゆる「厳しい男社会」で闘い抜く女性達もたくさんいるんだろうなぁ。全ての働く女性を応援したい気持ちでいっぱいです。同じ「働く女」として。

呂布カルマに心酔する


[PV] 呂布カルマ - 俺の勝手

 

コンテンツを摂取できない中、呂布カルマの歌はすんなり心の中に入ってきた。

特にこの歌は良い。(歌詞を転載できないのが残念だ。)

サビのところの歌詞が気に入って手帳に書き写した。

元気が無いときは手帳を見返して、自分を鼓舞している。

 

強くて自分のある人って好きだ。見ているだけで元気が出る。

 

私もいつかそうなりたいし、誰かにとってそういう存在になりたい。

コンテンツを消費できなくなった話

この2か月くらい、コンテンツ(本、漫画、映画等)が消費できなくなった。

時間はある。お金もある。なのに、今までのように何かを「読みたい」「観たい」と思えなくなった。

原因はまあ、なんとなく予想はついて。しばらく転職活動をがんばっていたから、その揺り戻しだったり、退職に伴う残務処理とか、引継ぎとか、次の会社への準備とかによるストレスだったり、あまり変哲の無いようなものだと思うのだけれど。

 

正直、びっくりした。

 

30ン年間、こんなことは無かった。どんなに気持ちがふさいでも、コンテンツを消費したくなくなることは無かったのに。むしろ、どんなに辛くてもコンテンツがあるから生きていけると思っていたタイプだったのに。

 

超あせった。

 

でも、じたばたしてもしかたないので、頭をあんまり使わない漫画とか、YouTubeとかを見て、無理しないように、でも、コンテンツの楽しさを全部忘れてしまわないようにがんばった。

 

そして、寝まくった。ひたすら寝た。

(睡眠はあらゆる病気に効果的と信じているのです。)

 

そしてようやく、前みたいにコンテンツを楽しめるようになってきたので、ここに今、書きます。でもまだ、長時間コンテンツに触れると疲れる。徐々に、少しずつ……。

 

次の職場は、まさにコンテンツ作りなんだけど、大丈夫かな。こんな調子でやっていけるのかな。逆に転職してしまえば、前みたいに戻れるのかな……。

 

人生、こういうこともあるんだなと思ったので、記録します。

NANAをゼロ年代の自分探しの物語として読む

ふと思い立ってこの週末、『NANA』全巻を読み返した。

 

2017年に読む『NANA』は、世界観が相当古い感じが否めなかった。

(すなわち、1巻からリアルタイムで追いかけてきた自分自身が、すっかり古びたということにもなるけれど。)

 

あの子たちが現代にいたとしたら、もう少し気楽な感じだったのではないかな。

 

今や、夢を持たないことは恥ずかしいことではない。専業主婦になって家庭を守ることも一つの価値ある選択肢だ。だから、ハチはあんなに「空っぽ」であることに苦しまなくてもよかったのではないか。

 

今や、日本の音楽シーンでヒットチャートを出すことだけが栄光ではない。むしろ、レンはナナと地元に残って、動画でも発信して世界中に届かせることのほうが「クール」だったのではないか。

 

改めて読んで感じたのはゼロ年代の濃い空気感である。

世紀末は無事に過ぎ、さて、未来は真っ白だけどどうしたものか。

「自分探し」ブームの真っただ中、みんなが「何者か」にならないといけなかった時代。

 

『NANA』の舞台設定は2001年、「男女雇用機会均等法施行(86年)」から15年後、女性が社会に出ることの結論もまだ見えていないころだったと思われる。

男性と肩を並べてバリバリ働くキャリアウーマンのパイオニアたちが育児と仕事を両立できるかどうか、暗中模索していた時代。

 

そのようなムードの中で、特に女性たちにとっては、「幸せな結婚=幸せな人生」という旧世代の価値観を払拭しきれないまま、あるかどうかもわからない「自分」の幻想を追いかけないといけないプレッシャーで、おしつぶされそうだったのではないだろうか。

 

ちょっとそこまでは考えすぎか。

 

いずれにせよ、久々に読んで感じた、登場人物たちの考え方に対する「古い」という印象は、時代が良くなっている証左だと思いたい。

 

何かと「ゆるく生きよう」と提言される現代は、何かと「世の中は暗いけれど、夢に向かって前向きにがんばろう」と背中を押されていたゼロ年代に比べて、生きやすくて心地よいのではないか。

 

『NANA』に話を戻して。巻が進むにつれて後日談がカットインされるのだけど「その頃」にはみんな、時代の価値観の呪縛から解けて幸せになっているといいなぁと、単純に思ったのです。

 

(でも、よくよく読み返すとハチは着付けで稼げるようになっていて、なんだかんだで家庭と仕事をいちばん両立させている。ハチは考え無しだけど、妊娠と同時に「やるべき事」が定まったから、その後の人生が早めに確立できたのかなぁと思ったり。)

 

色々書いたけど、ゼロ年代に青春真っ盛りだった私にとって、やっぱり『NANA』は名作です。

東京レインボープライド2017

 

f:id:nowhereman2017:20170507231300j:plain

f:id:nowhereman2017:20170507231814j:plain

東京レインボープライドを見に行ってきました。

原宿・渋谷エリアはレインボー1色、いや、7色。

 

f:id:nowhereman2017:20170508002405j:plain

 

パレードは代々木公園で見学。

レディー・ガガやRENTの楽曲とともに現れるフロート、

ドラァグクイーンのお姉さま方、そしてみなレインボーフラッグを

ゆっくりとふりながら、それぞれのパートナーと手をつないで笑顔で行進。

 

参加者に知り合いは一人もいない、ただの見学者の私でしたが、

なぜか感極まって涙が。

 

さまざまな性別、国籍、人種の人たちがみんな笑顔でハグし合い、

ハイタッチし合い、ここは天国ではないかとすら思いました。

 

さて、その後。せっかく渋谷まで来たことだし、

ムルギーのカレーが久しぶりに食べたいな」と思って

記憶を頼りに歩き回ること小一時間。

全く見つからずに断念……。

地方からの上京者には、渋谷の地理は難しい。